日本で一番簡単にビットコインが買える取引所 coincheck bitcoin

一夜限り「ザ・ベストテン 復活」!! 黒柳徹子「セット見たら若返る♪」

ニュース

一夜限り「ザ・ベストテン 復活」!! 黒柳徹子「セット見たら若返る♪」

★「ザ・ベストテン」一夜限り復活、31日「ハロウィン音楽祭」で!!

昭和歌謡が今再び脚光を浴びているらしい。
有名なシンガーが相次いで昭和歌謡のカバー曲を出したりして話題にもなっているが、そんな昭和の時代に大人気の歌番組があった。
「ザ・ベストテン」だ。
1978~89年に放送されたこの「ザ・ベストテン」が特番内で復活することがわかった!

司会は 黒柳徹子で安住アナとコンビを組む。

ザ・ベストテン10年ぶり復活!黒柳徹子「セット見たら若返る」

1978~89年に放送されたTBS系音楽番組「ザ・ベストテン」が31日放送の同局系特番「ハロウィン音楽祭 2016」内で“復活”することが28日、分かった。

 司会は「ベストテン」でおなじみだった女優、黒柳徹子(83)で、同局の安住紳一郎アナウンサー(43)とコンビを組む。今回の復活は06年の同局系特番内で同じコンビの司会で放送されて以来、10年ぶり。鏡張りのドア、パタパタと回転する順位掲示板などのセットを忠実に再現する。

 サンケイスポーツの取材に応じた黒柳は、「27年前に終わった番組だけど、あのセットを見ただけで若返りそう」と大喜び。12年にわたり司会を務めた番組について「中継の多い生放送だったし、あんなにハラハラドキドキして楽しかった番組はない」と振り返った。

 今回は過去の名場面も放送。松田聖子(54)が羽田空港の滑走路で「青い珊瑚礁」を歌ったり、近藤真彦(52)が修学旅行中の女子高生にもみくちゃになりながら「ホレたぜ!乾杯」を熱唱した伝説の生中継を特集する。黒柳は「今では考えられないし、当時は世の中がのんきだったからできたのかしら」と懐かしんだ。

 スタジオには松坂慶子(64)や乃木坂46ら5組が登場。乃木坂については「私、生まれも育ちも(東京の)乃木坂だから、皆さん親戚みたい」と歓迎していた。

出典 http://headlines.yahoo.co.jp

★生放送だった「ザ・ベスト10」、ハプニングも多かった!!

当時放送されていた「ザ・ベストテン」は、生放送だった。
そのためハプニングもたくさんあり、今でも伝説となっている。

ハプニング・放送事故

毎年最初の放送の前にスタッフが「今年こそ迷場面集で笑いものにならないように誓います」と宣言するものの、生放送が故、うっかり裏方のスタッフが横切ったり、あるいは画面に堂々登場するといったトラブルやハプニングは多かった。下記に主なハプニングや放送事故を列記するが、「放送事故」に関してはその旨該当項目冒頭に記述する。
・1978年、世良公則&ツイストが「銃爪」の9週連続1位の際、「もう楽屋に誰もいないから」と、発表・コールされる前にスタジオに出てきてしまった。この時彼らは世良を乗せた神輿を担ぎ、「銃爪大明神」と大書した幟を押し立てての登場であった。
・1978年11月16日、松山千春が『季節の中で』で初出演した際に旭川市民文化会館からの生中継を行ったが、当初3分間の予定だったスピーチが長引き8分間に及んだため、その後に出演した山口百恵が歌う時間が無くなってしまい、記念撮影だけ参加した。ほかの出演歌手はこの措置に対し不快感を示したが、当時のプロデューサーである弟子丸千一郎が、テレビ出演もせず地道な活動でここまできた松山と、テレビの力で人気になった他の歌手との努力の差を示した上で、松山に対する特別措置に理解を示すよう訴え、事態を収めたという。
・1980年、長渕剛が中継先で「順子」の歌唱中に、そばにいた歌手仲間たち(桑名正博、アン・ルイスら)に「あのー、済みませんが失恋の歌なので手拍子はやめてくださいませんか?」と言って演奏を最初からやり直した。
・1980年6月12日、スタジオの出演歌手に地方各地の視聴者が中継先から質問を受け付けるコーナーで、シャネルズ(後のラッツ&スター)に対し、ある青年が「黒人のくせに何でシャネルズ(フランスの高級ブランド名)なのか」と質問をした。メンバーの鈴木雅之はとまどいつつも「ブランド名が元になったのではない」と答えたが、その後CM明けに黒柳は「皮膚の色や国籍で“◯◯のくせに”と言うのは人種差別にもつながるので、そういう、人を見下すような言い方は絶対にやめて欲しい」と、涙ながらに注意を喚起した。またラッツ&スターになり、初の1位を獲得したあまりにその感激で、登場時に勢いよく飛び出そうとしてミラーゲートの回転ドアの中心部を強く押しすぎてドアが外れて前に飛んだこともあった。久米曰く「ちゃんと弁償していただいた」そうである。
・1983年1月13日、中森明菜がこの日「セカンド・ラブ」が5週連続で1位にランクイン。作曲者の来生たかおより祝福の電話が入り、来生から「今日は風邪で喉を痛めていると聞きましたが?」と心配されるも、中森は「大丈夫です」とコメント。しかし「セカンド・ラブ」の歌唱中、やはり風邪の影響からか急に声が出にくくなり、歌唱終了後に中森は涙を流した(当初スタッフは口パクでの歌唱を勧めたが、中森本人が「TVを見ている人に対して失礼だから」と拒否したとの事)。エンディングでの中森は、電話相手の来生や同番組の出演者らに気丈に笑顔を見せようとしながらも、悔し涙は止まらないままだった。番組終了後に黒柳は、中森に対して「良いお医者さんがいるの。(松田)聖子ちゃんにも教えているから、是非聞いてみて」と気遣ったという。
・1982年の豪華版で、スタッフの手違いで本来はスタジオの最上部に吊るされるはずの1位のくす玉が誤ってスタジオの下部に落ちてしまった。この週の1位歌手・中森明菜はくす玉を割って紙テープ・紙ふぶきをかぶるためにわざわざしゃがみこみくす玉に顔を突っ込んだらしく(このとき、くす玉は画面正面ではなく横向きであった)、翌年の年末豪華版でゲストコメンテーターをしていたビートたけしは「女便所をのぞいてるんじゃないんだから…」とコメントした。
・【放送事故?】1983年9月8日、アルフィーが南紀白浜ワールドサファリより生中継(曲はメリーアン)。しかし国内であるにもかかわらず衛星中継を行ったため、バックのカラオケと歌がずれた状態でオンエアされた。なおその際、オリの中で歌っていた(毎日放送千里丘放送センターの送出。追っかけマンは青木和雄)。
・1984年、杏里が「悲しみがとまらない」の歌唱中、側に座っていたチンパンジーに手を引っ掻かれ、その態度に吹き出した杏里はその後、笑いを堪えきれず歌えなくなってしまった。
・1984年12月13日、アルフィーが愛知県犬山市のファンの家に突然押しかけ「恋人達のペイヴメント」を歌うドッキリ企画を行ったが、当のファンは留守で、アポ無し企画ゆえにリハーサルでは使用できなかった撮影用ライトを点灯させた影響で機材の電圧が落ち、バンドセットが組めないために持ってきたカラオケテープが止まりそうになったために中継スタッフが指で回して再生、安定しない音質のまま曲の終了まで放送し散々な中継になってしまった。DVD『THE ALFEE ザ・ベストテン&ある日ィ突然! Complete edition 2000』にも収録されている(CBCからの中継。追っかけマンは小堀勝啓)。
・【放送事故】1985年に「夏ざかりほの字組」(田原俊彦と研ナオコ)の歌唱時、音楽が歌い手に聞こえなくなり、順番を後に回された。
・1985年、吉幾三が「俺ら東京さ行ぐだ」で「今週のスポットライト」に登場した際、1番の途中で歌詞をど忘れし、スタジオは大爆笑。初めからやり直した。ベストテンにランクインした週には、歌の前「景気づけに」と黒柳からすすめられた日本酒を飲んだところ、故郷の青森を思い出し涙ぐんでしまった。
・【放送事故】1985年9月19日、カール・ルイスがゲスト出演した回において番組進行が押してしまい、本来流すべきCMが放送できないという事態が発生した。この際、1分間の番組内CMを1回カットするべきところで、TBSマスター担当者のミスから番組内CMを2回分カットしてしまい、番組最後のCMにおいて、本来関東ローカルで流すべきCM4本を全国放送してしまった。
・1985年10月17日、「ザ・ベストテンin静岡」において、2位で登場したとんねるずに対して客席は総立ちに。とんねるずは客席から大井川の川越用の輿にのって登場するはずだったが、警備の不備なども重なり観客によって衣装がもみくちゃにされた。激怒した石橋貴明は生放送中にもかかわらず、ステージ上で観客に対して「ふざけんじゃねぇぞ!この野郎!!」「てめぇら最低だ!」などと罵声を浴びせ、身に着けている物を投げつけたりし、木梨憲武のフォローも構わず、「雨の西麻布」を怒鳴り声で歌った。その態度に対し、番組宛に抗議が殺到し、翌週の放送で石橋が謝罪した。このシーンは2009年10月27日放送の「大日本名作ドラマ主題歌とくばんスペシャル」でも放送されている。その際の石橋の話によれば、当日は『夕やけニャンニャン』の収録後に静岡に向かい、時間の都合上、細かい打ち合わせやリハーサル無しに本番に突入してしまい、客席の中を渡る演出について不安を感じていたようである。
・1988年11月3日、南野陽子は3位にランクされた「秋からも、そばにいて」の歌唱の途中、歌詞の一部を忘れ出てこなくなってしまった。秋真っ直中を思わせる沢山の枯葉を敷いたセットで、南野はロングスカートの衣装で歩きながら歌っていたが、本人曰く「スタッフから『スカートで枯葉を散らさないように歩いて下さい』と言われ、無事ステージに辿り着いた途端、歌詞が飛んでしまった」との事。なお黒柳はその直後南野に、歌詞が掲載された台本を見せるため駆け寄ろうとしたが、スタッフに止められたという。その黒柳の行動を見た南野は思わず手を震わせ、歌い終えた後「どうもすみませんでした。ごめんなさい!」と涙ぐみながら頭を下げて謝った。この歌詞忘れのハプニングに、南野自身「あの瞬間に歌手生命が終わったと思った」と後に語っている。翌週の登場時、ファンから「失恋したのですか?」「体調が悪かったのですか?」等という南野を心配するはがきが届いたが、南野は「いえ違います、ただのど忘れです。済みませんでした」と笑顔でコメントした。
・番組スポンサーの1社が日立製作所だったにもかかわらず、シャネルズの「ランナウェイ」(パイオニア(現・オンキヨー&パイオニア)のラジカセ『ランナウェイ』CMソング)や徳永英明の「風のエオリア」(松下電器産業=現・パナソニックのエアコン『エオリア』CMソング)、Winkの「淋しい熱帯魚」(パナソニック[注釈 7]のヘッドホン・ステレオ『Sタイプ』CMソング)といったライバルメーカーのタイアップ曲がランクインしても、タイトルや歌詞を差し替えたりすることはなかった。しかしやはりスポンサーであるキリンビールに配慮し矢沢永吉の「THIS IS A SONG FOR COCA-COLA」(当時のコカ・コーラ社のCMソング)に限っては、ライバル社の社名を含むタイトルを表記できず、レコード売り上げランキングでは「(C.M.SONG)」と紹介された。「今週の20位から11位まで」のコーナー自体しばらく休止となった。また、番組スポンサーではない企業のCMソング(特に資生堂やカネボウなどのような化粧品メーカーのCMソングが多かった)も番組内でランクインされていた。
C-C-Bは解散の際に、ベストテンの「スポットライト」に出演し解散についてのコメント及びヒットメドレーを披露しているが、1994年3月29日の同窓会IIで登場した時の黒柳の第一声は「解散した事知らなかったの〜」。

出典 http://ja.wikipedia.org

非常に懐かしい番組である。
今回は過去の名場面も放送されるということであるから、どんな名場面を見ることができるのか、楽しみだ。

旅行が仕事!!世界中を無料で旅しながら収入がどんどん増えていく 2018年日本上陸
1
  • 次世代型キュレーションブログ!DREAMERS!無料作成はコチラ
  • 藤沢涼×高嶋美里!普通の人が1億円作る為の設計図 無料プレゼント!
キュレーションサイトが無料で作れる!今すぐDreamersを始めよう

関連記事

ピックアップ!

ピックアップ!

日本で一番簡単にビットコインが買える取引所 coincheck bitcoin

カテゴリー

月別アーカイブ

旅行が仕事!!世界中を無料で旅しながら収入がどんどん増えていく 2018年日本上陸